えいやんの日々

いつか、パパとママとえいやんが過去を知りたい日の為に、 えいやんとの日々を記録しています。

えいちの最近と思い出の場所と座右の銘

えいちは、ここ最近も変わらずお勉強しています。

パパがどうこう言うことはないのですが、やることは大切。

次に、やりきることがもっと大切。

 

最近は歳のせい?か、思い出の場所を巡っています。

 

この歳になると、座右の銘なんてものがあると良いけれど、聞かれるほど、立派な社会人でもありません。

心がけていることは、

「凡事徹底」

です。

 

当たり前のことを非凡なほど、やりぬくこと。

これが最終的に良い結果をもたらす。

当たり前の誰でも出来ることを誰よりもやりぬくこと。

 

パパの節目

パパの年齢も大きな節目になりました。
早いです。
そして、年を取りたくない。。
ここからは努力で心身の健康を維持していくだけですね。

今でも、人生に悔いはなくて、やりたいことが自由に出来ている気がします。
これ以上はすべてが贅沢なことだと思っています。
出会いも別れも色々あって、でも、それも別れがあって、新たな出会いがあって、
新しいことも出来ている気がするから、良し。です。

仕事では、やりたいこと、成し遂げたいこと、眼の前のこと、たくさんあるけれど、これは、とにかく努力してやっていくだけ。
でも、ずっと学びを重ねていって、手を動かして、意味のある人であり続けたいし、誰かのなにかに貢献する人でいたい、そう思っています。
自分に自信がないし、大したことないことも分かっているので、余計にそう想います。

心身五体満足で元気でいられる時間が本当に限られています。
だからこそ、今日ここからは、毎日、更に一日一日を大切にしていたいと想います。

ここ数年は誕生日らしい誕生日も特にしてこなかったのですが、
そんなこんな?で、えいちとママが来てくれて、今日は、ずっと長く住んでいた街に実はずっとあった良い雰囲気のフランス料理店にお邪魔しました。
このお店が、また落ち着いた雰囲気で食事も美味しくて、また節目のときには来たいと思えるお店でした。

そういうお店が増えていることは、歳を重ねてきて嬉しいことかな、と想います。

歳を取ったことが終わりが見えてきて少し寂しくありますが、この5年、10年は、まだ身体は鍛え方次第、健康も尚一層気をつけて、ということで、
もうひと頑張りしていようと想います。
やりたいことがあることも、いいことだと思っています。

改めて、周りに感謝しながら、日々を大切にしていこうと想います。

えいちの成人

えいちが成人になりました。(!)

気づけばあっという間でした。
自分の中では、えいちはもうパパからは独り立ちしていると想ってます。
パパも見守る立場。
経済的にどうとか、生活は一緒とかは学生なので、それはそうだけど、気持ちの上で。
こっちのほうが大切だと想います。

ママは・・・子離れがなかなかできない感じ。笑

ママが今までのえいちの思い出の写真や動画を集めてくれました。
パパも協力。
気づいたら、ママが動画クリエイターになって、Windows無償ソフト(CLIPCHAMP)で、えいちの思い出ムービーを作成してくれていました。
どんなにデジタルが発展しようが社会実装の速度は別だなと思っていたところ、これを見るに、やりたいことがある、想いなのだな、と、想いました。(笑)

思ったのは、ママとの結婚式や、えいちが産まれたことをきっかけに始めた、このカメラという趣味が、やっていて良かったということ。
気づけば沢山の思い出が残っていました。

パパが小さい頃は、カメラで取って、現像して、アルバムを残したりするのが当たり前。
現在だと、スマートフォンで撮影して・・・それで終わりな気がして、場合によってはそれが引き継がれなかったりすることもあるとなると、
記録ではなく消費になってしまっていて、勿体ないな、と想います。
一方では、その気さえあれば、誰でも気軽に写真や動画を残せる時代になったとも言えるから、そこも人の想い次第なのかなと想います。

えいちとの思い出では、これまで、この日記でも触れてきた沢山のことがありました。
良かったのは、全てのことを肯定して、切り取らずに、残してきたこと。
もちろん、全部が思っていたところまで大成功したかどうかはわからない部分もあるのだけど、
自分が思うこととして、「最初の一歩」が大切だと想います。
金メダルを取れる人は一人かもしれないけど、金メダルに近づくことは誰でもできる。
いろいろな経験を重ねてきて、その度にいろいろな想いがあったと想うし、
パパもママもうまく導いてあげられなかったところが沢山ある。
ただ、やったという事実や経験はずっと残っているはずだから、
これをリセットするも、アセットとして再び活かしていくようにするも、
えいちの気持ち一つ。

そこで、パパとえいちが二人のときには、言いたいことは言いました。

「”おもしろい”と想うことを見つけること」

「社会に出たら、仕事をする。誰かのために何かをすることが、仕事である。」

「おもしろいと想うことを、仕事にできたなら、これ以上は無い。」

「そのために、この大学にいる、この仕事をしている、と言えるようになること。」

など。

でも、こうも言いました。

「自分は成人のときに、立派なことは何も考えていなかった。卓球はしていたけど、本当に好きかと言われるとヘタだし微妙で、パソコンは好きだった。カメラも社会人になってから買って、好きな片鱗はあった。好きなことだけははっきりしていた。

「いろいろなことがあったけれど、自分の家族を大切にしようと思っていた。そうしているかというと、全くそうしていない気もするけど、大切に想うことは間違いなし。」

「自分はまったく大した事ないし、まちがっても聖人君子でもないけれど、人の嫌がること、迷惑なこと、ずるいことはしないようにだけ、心がけてきた。」

「自分も親とは難しかった。だけど、恨んだことは無かった。ただ、違っただけ。上手にできなかったからこそ、人とは違いを大切にするようになった。えいちとも、誰とも、そうありたい。」

「えいちは、パパには無い優しい気持ちや、凛としたものがある。それをずっと大切にして、勇気を持っていて欲しい。」

AI時代ですが、この日記だけはAIをまったく使っていません。笑

親としては、えいちが笑顔で元気に過ごしてくれていることが一番です。
親から離れて自由になることで、もっと、えいちが今までのことを活かして、良い人生を過ごしてくれること、
そして、家族が増えていって、続いていくことがあれば、何よりだし、
自分の人生にも社会人として以外にも、意味があったと想います。

今日がまた、えいちにとって素晴らしい始まりでありますように。

えいちの進級

えいちが無事に2年生修了でした。

ママと戦い抜いていた1年でした。

 

高校最後の3年生、自分は人にどうこう言える過ごし方をしていなかった。

えいちには、これをやった、と言える1年にしてほしいし、

振り返って、こういう高校時代だったよ、と言えるようにあって欲しいです。

2026年 令和8年 えいちの元旦

2026年になりました。

今年はえいちにとって、節目の年になります。
えいちがなんと成人です。
そして、高校生として最後の学年になります。

パパにとっても、節目の年になります。
色々と区切りをつけて、それでも生きていくこと、成長していくことに、
道筋をつけていかなくてはいけません。
今までと違って、難しくもあり、やりがいもあることは、この世の中についても考えることと同じことです。

えいちについては、この1年は、自分が選んだ学校での最後の1年になるので、自分の中で納得がいく終わり方にしてほしいです。結果はどうあっても、そこで頑張った結果が、(進むなら)大学や社会に出て、どう生きていくか、ということに繋がっていくようにしていってほしいなと思います。

今年の元旦は、少しいつもと違う過ごし方でした。
初日の出をママがえいちと見に行くことになり、パパも一緒に。
新年の最初の日を皆で過ごせることに代わるものはありません。
バカなことばかりしているパパですが、帰って来る場所があることを大切にしていたいと思います。
折角なので、写真も掲載したいところですが、このご時世なので、ここでは控えます。
AI時代になって、ますます、本当のことを見極める能力や、何よりも「足」が問われる時代になりそうな予感がしています。
その場に行くこと、その人に会うこと、ですね。

初日の出は雲が多い日でしたが、登りゆく朝日に、この節目の年を考えて動いていく決意をさせるに充分なものでした。

そのまま、3人で初詣へ氏神様の神社へ。
これも新しい動きです。
今までは、じーじやばーばと行っていたのが、じーじが足が遠のき気味になって、ばーばも身体の都合でそう長い時間動けなくなったので、そのまま3人で。
3人で何かをすることが意外になかなかないので、パパにとっては貴重な機会でした。
おみくじと御札、破魔矢も買ってしまうのは、田舎にいた記憶からか、やはり、当時は面倒なものと思っていたけれど、歳をとるごとに同じになっていくというか、こういったものに護られている気がして、大切にしたくなります。これもまた、歳なのかもしれません。この辺りが今の若い職場でも、今までいた職場でも、こういう感覚の差はあるかもしれません。
アップデートはどんどんしても、人の暖かさを大切にしていきたいです。
田舎が好きだけど苦手な人で面倒くさがりなので、ベタベタしたのは嫌いですが、いざとなったら見守り合っているようなのが理想です。

初詣を無事に終えて、じーじとばーばにご挨拶に行きました。
今年のお土産は、パパのお仕事で地方の若い方たちが勉強にパパの職場に来てくれたときにいただいたお饅頭です。
これがママの中で、大ヒットしたらしく、買ってきてくれていました。
じーじとばーばの実家で、じーじを中心にえいちを囲んで過ごすのが例年でしたが、
いつまでも、幸せも楽しいものも、言い換えると、人の楽しい幸せで穏やかなものは、永続するものではないと感じさせることがありました。
今までなら、おせち料理も全てを手作りだったり、お夕飯も皆で一緒に食べていたところが、今年は一部にとどまったり、お昼での解散になったところがあります。
単純にばーばが足が悪かったり、やることややりたいことが追いつかないことがあるせいだと思いますが、自分の中では、一つの節目を感じて、ショックというか、これからの覚悟を考えなくてはいけないと改めて思いました。
それは、人の命が有限であるという、極めて当たり前のことの確認でもあります。
命というと、大げさで、元旦にふさわしくはないことは重々承知ですが、いつまでも元気でやりたいことがバリバリできるわけではありません。
それはパパ自身も、日々、どうしても、衰えを感じていることからです。
これは、職場でも感じました。
かつて、尊敬してきた人や、絶対的であったものに、衰えを感じた場面があったからです。
だからこそ、次につなげていけるよう、己を律して、努力を重ねていくこと、これを、えいちに言葉ではなく、背中で示し続けていこうと思います。

夜は3人でおせち料理や大晦日に買い込んだものを沢山食べた元旦でした。
自由は大変だけど、自分で決めて、自分で得たものは何ものにも変えがたく、嬉しいし、楽しいです。
死んだときに、悔いがなく、何か「これはやった」「これは世の中の役に立った」と思えるように、そうあって、今の仕事や、いい年齢での年寄の手習いの勉強やら、鍛錬に挑んでいますが、多忙な中でも、鍛えていきたいです。

えいちには、パパを反面教師に、優しい気持ちは守りながら、
自分の中で納得いかなかったこと、やりきれなかったこと、こうすればよかったと思ったことは、どんどん変えていって、周りを大切にして、世の中に何かをして、自分も周りも幸せにしていってほしいと思います。

そのためにも、世界が平和であることを強く祈念します。

2025年の振り返り

2025年をパパなりに振り返ってみます。

結論として、24時間とまでいかずとも、ほとんど仕事をしていました。労災認定レベルの残業がなかった月はないのではないかと思います。新しい職場も、もう2年目です。1年目は大変でしたが、2年目はそこまで大変ではない中でも大変でした。

2年目は、感覚的には大きな場所へ飛び出た形になり、広くて自由な分、役割もやることも増えて、やりがいもありましたが、とにかく大変すぎた1年でした。パパは今年、職場の採用イベントでYouTube配信(非公開)に初出演したのですが、えいちがずっと一人で最後まで様子を観てくれていたそうです。(ママは日頃飽きているので途中退場していましたが…)

仕事では、AIが驚くほどの速度で進化し、職場での活用が急速に進みました。パパもかなり色々と活用してみた1年でした。仕事の成果物は増えましたが、密度が上がり、さらに大変になった気がします。

これからは、世の中に本当に大きな差が生まれ、そこから格差や差別もより複雑でわかりにくくなっていくのではないか、という懸念があります。その中で、この国の今まで見えていなかった政治や行政の世界についても、気付きや考えることが増えました。多くは書きませんが、自分として良く関わり、良くしていきたいと思います。

何より心配なのは国際情勢です。平和を切に祈りますが、そのためには防衛もそうですが、国力が高いことが重要だと思います。価値を高めていくこと。そこで自分が果たせる役割はほんの小さなものだろうけれど、半径1メートルの世界からでも、良くしていけたらと思います。新しい仲間や出会いを大切にしたいです。

パパの話はこのくらいにしておいて、パパから見ていた、この1年のえいちは、いつも自分の部屋で勉強している姿しか見ていません。(苦笑)ずっと気にしていて、ママと少し話して、全てそのままではありませんが、おおよそえいちの状況はパパの中での想像通りでした。

えいちのパパはパパしかいないし、パパにとって血のつながっている家族はえいち一人なので、えいちのことを大切にしていこうといつも思っていて、そこは変わりません。そこで、えいちに思うことは、一点のみを言い続けてきました。「えいち、おもろいことを見つけてね」というものです。

パパは、ITやデジタルの世界に、大学時代に19歳でパソコンを初めて触ったことがきっかけで入りました。そのときには、今ほどの考えや知見があるはずがなかったので、ただ面白いから、という理由で、遠回りはだいぶしましたが、それだけで、ずっとご飯を食べてきました。家族を養っているとまでは豪語できませんが、何とか贅沢を言わなければ生きていけるようになったのは、やはり好きなことでないと続かないということです。そのときに、その好きなことが誰かの役に立つということがポイントで、自分だけ良ければいい、というものではありません。えいちには、それを見つけてくれることが一番で、そうすれば勉強もおのずと進んでいくし、わからないなら興味がある方向に答えがあると信じて、突き進むべく、学びを深めていってほしいです。

最近の就職活動には「ガクチカ」という言葉があるらしいですが、自分は3つだと思っています。

1つ。学生だから勉強を頑張りました。
2つ。部活動を頑張りました。その経験から得た人間力は●●で生きます。(直接的ではありませんが、人間力は大人になればなるほど効いてきますし、学生時代にしか得られません。)
3つ。好きな●●を頑張りました。これは人様や世の中にも●●で役に立てます。

このうち3つとも、「頑張った」ということは変わりません。そして、その頑張ったが、自分のためではなく誰かのためにという想いがあることが大切だと思います。

パパはパパなりに、えいちに対しては文武両道であってほしいと思っていました。(2つめのところですね。)しかし、えいちはスポーツに興味が持てず、卓球も諦め、ママと取り組んできた剣道も部活動としては途中で退部しました。最後は段位を取ったから得るものはあったと考え、自分自身が代わりに打ち込むと決めたものは、学校で学んだものは何なのか、ということになります。

これはきちんと理解していてほしいです。その理由は、えいちはもう成人になることが近づいていて、パパとママが責任を負いきれなくなってくるからです。これをきちんと伝えて、支えていきたい。そう思った次第です。

年末には、明るい話もありました。新しいお家の食卓が、新しいママの選んだ素敵なものに変わりました。正直、あまり家具に詳しいわけではありませんが、ママとえいちが毎日二人で夕飯を食べていることを思うと、(いや、パパはいないものと思われているので今更ですが、)その場所が心が豊かになる空間になることに、これ以上のことはないからです。

パパ自身も今年は色々なことがあり、光も影もありました。えいちもパパも、来年は節目の年なので、お互いに良くなっていきたいし、パパも残り少ない時間を、えいちが幸せになれるようにしていきたいと思います。

えいちがパパの本について訊いてきたこと

パパは、家にいると、えいちのお部屋で転がって、すぐ追い出されるのが日課なのですが、

 

いつも、すぐ追い出されるところ。今日は、珍しく、えいちのほうから、パパに訊いてきました。

(とても珍しい!)

 

「どんな本がいい本と想うか?」という質問だったと想います。

 

パパが想うには

・あとからもう一度、引き直したり、読み返したくなる本

・自分の人生や行動への判断の基準や典拠、示唆を与えてくれた本

が、良い本なのでは、と想います。

 

自分は全然読書家ではないですが、パパが勝手に企画の先生と思い込んでいる及川卓也先生の「ソフトウェア・ファースト」や「プロダクトマネジメントの全て」が、良い本なのではないかと思っています。

それと、営業だと「THE モデル」や、元リクルートの方が書いた「新規事業開発のすべて」あたりでしょうか。

やはり、実践的な実業家目線の本が多いですね。

 

えいちに、少しなにかヒントになるものがあれば良いなと想いました。