えいやんの日々

いつか、パパとママとえいやんが過去を知りたい日の為に、 えいやんとの日々を記録しています。

龍馬伝

大河ドラマ龍馬伝」を療養期間で全話イッキ見しました

 

閉塞感、発展する諸外国、難しい地政学

このままでは駄目だと想いつつも

答えは自分でどこにもなく正しいかも分からない

探して動くしかなく、

国、藩、組織、家、自分の

どれを動かすにも途方も無い

 

それでもどうしたらいいかを

本気で考えて動いている劇中の面々の姿に

想うところが多々ありながら

気付いたら最後まで観終えていました

 

一足飛びに国という大きなところの前に

藩ですら途方もなく

でも、藩も国につながっている訳で

こう考えると別にすごいところですごいことをしていなくても

チャンスは絶対に大きなところへあるということを感じたし

当然、簡単にはいかないことだらけなものの

そこに抗っていく姿に感銘を受けた次第でした

 

何が正しい答えか分からず、

勝てなければどうなるか分からない

生き馬の目を抜くような世界で

最後は主人公の龍馬も果てた訳で

理想を貫くほど、変化を起こすことは

たくさんの敵や恨まれごとを

作ることにもつながり、

うまくやっていこうとしても

なかなかどうして、出来たり出来なかったりする

きれいごとでは済まない現実にも通じる

 

でも

簡単には出来ないことをもがきながら

動いてやっていった様子に

できる小さなことを狭い範囲からやっていこうと

思った次第でした

 

その中で武市半平太武市瑞山)が龍馬に別れ際に

己の思いを告げるシーンがあったのですが

自分も思い込むと軌道修正が難しいタイプなので

想うところがありました

 

そもそも

思い入れがあれば簡単に考えが変わる訳もない

目的を果たすために厳しい道や選択を選び続けてきて

大きな目的を果たすためにと自分も追い込んで

賭けてきたものが崩れていく様は

近視眼的で時流を読むのが下手な自分には

気付かされる部分が多々ありました

 

でも何よりも気付かされたのは、多くの犠牲も

最後に目的が成就すればそれでいい、そう思っていたのが

間違いだった、と武市半平太が最後に認めたシーンでした

 

自分は療養で会社を離れ、何も出来ず、結局家族の世話になっている中で

改めて観ていたのですが

えいちに対して厳しくしてきたこと、えいちへの卓球への関わり方について

自分もどこかで

かけ違えていたと想いました

 

それでも、後悔をしても始まらないので

前を向いていくしか無いと想いました

 

えいちにずっと卓球を辞めたことを引きずらせてしまい

引っかかったものを一生残したままにするもしないも

自分次第と思えば、きちんと、えいちには話していこうと決めた次第でした